心理学のはじまり

人間の『ココロの学問』は、かつて【哲学の一部】でしかありませんでしたが、哲学から『心理学』という科学へと発展したキッカケとなったのは17世紀になってからのことです。

最初のころは、ヨーロッパを中心とした『理性主義(合理論)』と、イギリスを中心とした『経験主義(経験論)』の哲学者同士が対抗し、争っていました。それから徐々に心理学へと進化していくのです。

 

「生得説」のデカルトと「経験説」のジョン・ロック

ヨーロッパを中心とした『理性主義』の代表として、フランス出身の哲学者ルネ・デカルト(1596年~1650年)が中心となり、デカルトは『ココロ』と『カラダ』の相互作用による【心身二元論】を説き、「生得的」なものだと主張しました。簡単に言うと、人間の『ココロ』と『カラダ』は繋がっており、たとえば、ストレスで精神的に病んだとき、同時にカラダの調子も悪くなります。逆もあり、カラダが病気に侵され調子が悪くなると、同時に精神的にも気弱になります。

これに対し、イギリス出身の哲学者ジョン・ロック(1632年~1704年)は、人間は生まれたとき「ココロは白紙状態」で、いろんな経験をして、はじめて『観念』を持つようになり、経験によって得た観念同士が結びつくことで、複雑な観念が生まれるという「経験論説」を唱えたのです。

そして、イギリスのジョン・ロックが中心となった「経験論説」が、連合主義心理学へと発展をし、これが近代心理学のはじまりの根本となっていきます。一方、ルネ・デカルトの心身二元論は『生理心理学』へ大きな影響を与えるのです。

 

ルネ・デカルトルネ・デカルト
(René Descartes, 1596年3月31日 – 1650年2月11日)は、フランス生まれの哲学者、数学者。合理主義哲学の祖であり、近世哲学の祖として知られる。
考える主体としての自己(精神)とその存在を定式化した「我思う、ゆえに我あり」は哲学史上でもっとも有名な命題の1つである。そしてこの命題は、当時の保守的思想であったスコラ哲学の教えであるところの「信仰」による真理の獲得ではなく、信仰のうちに限定してではあれ、人間の持つ「自然の光(理性)」を用いて真理を探求していこうとする近代哲学の出発点を簡潔に表現している。デカルトが「近代哲学の父」と称される所以である。(引用・出典:Wikipadiaより)

ジョンロックジョン・ロック
(John Locke, 1632年8月29日 – 1704年10月28日)は、イギリスの哲学者。哲学者としては、イギリス経験論の父と呼ばれ、主著『人間悟性論』(『人間知性論』)において経験論的認識論を体系化した。また、政治哲学者としての側面も非常に有名である。『統治二論』などにおける彼の政治思想は名誉革命を理論的に正当化するものとなり、その中で示された社会契約や抵抗権についての考えはアメリカ独立宣言、フランス人権宣言に大きな影響を与えた。(引用・出典:Wikipadiaより)

 

進化論のダーヴィンも近代心理学の影の立役者の一人

さらに19世紀になると、自然科学(再現可能な観測や実験に基づいて自然界を知ること、自然界のルール)が目覚ましい発展をしていく中、『心理学』も、その影響を大きく受けることになります。

生物学者のチャールズ・ダーウィン(1802年~1882年)に代表される『進化論』も、近代心理学に影響を及ぼすことなります。ダーウィンの影響を受けたジョージ・ロマネスは【比較心理学】を創設。

比較心理学とは、ある動物と他のある動物を比較し、どのようなココロの変化が起こるかを説いた学問。人間と動物の連続性を説きました。これが、のちの『行動主義心理学』にも繋がっていきます。

 

ダーウィンチャールズ・ロバート・ダーウィン
(Charles Robert Darwin, 1809年2月12日 – 1882年4月19日)は、イギリスの自然科学者。卓越した地質学者・生物学者で、種の形成理論を構築。

全ての生物種が共通の祖先から長い時間をかけて、彼が自然選択と呼んだプロセスを通して進化したことを明らかにした。進化の事実は存命中に科学界と一般大衆に受け入れられた一方で、自然選択の理論が進化の主要な原動力と見なされるようになったのは1930年代であり、自然選択説は現在でも進化生物学の基盤の一つである。また彼の科学的な発見は修正を施されながら生物多様性に一貫した理論的説明を与え、現代生物学の基盤をなしている。(引用・出典:Wikipadiaより)

George_John_Romanesジョージ・ジョン・ロマネス
(George John Romanes 1848年3月19日-1894年3月23日)はカナダ生まれのイギリスの進化生物学者、生理学者。比較心理学の基盤を作り、ヒトと動物の間の認知プロセスと認知メカニズムの類似性を指摘した。

彼はチャールズ・ダーウィンの学問上の友人の中でもっとも若かった。進化に関する彼の見解は歴史的に重要である。彼は新たな用語「ネオダーウィニズム」を提唱した。それはダーウィニズムの現代的に洗練された新たな形を指す用語として、今日でもしばしば用いられている。ロマネスの早すぎる死はイギリスの進化生物学にとって損失であった。彼の死の6年後にメンデルの研究は再発見され、生物学は新たな議論の方向へ歩み出した。(引用・出典:Wikipadiaより)

 

生理学者のミュラーも影の立役者の一人

19世紀半ばになると、ベルリン大学の生理学者ヨハネス・ペーター・ミュラー(1801年~1858年)と彼の弟子のヘルマン・フォン・ヘルムホルツ(1821年~1894年)を中心に、身体機能の観点から、感覚や知覚の研究が、後の心理学に大きな影響を与えることになりました。

Johannes_Peter_Müllerヨハネス・ペーター・ミュラー
(Johannes Peter Müller、1801年7月14日-1858年4月28日)は、19世紀のドイツの生理学、解剖学者、医師。ベルリン大学教授。医学、動物学の多方面にわたって、多くの業績を残した。高等動物の生殖器のミュラー管、扁形動物のミューラ幼生などに名前を残している。(引用・出典:Wikipadiaより)

 

 

まとめ

ルネ・デカルトは、人間のココロの学問を『哲学』から『心理学』へと突破口を開いた人物であり、ジョン・ロックは、『心理学』を『科学的な学問』として成立させた人物と言われております。

デカルトが主張する『心身二元論』は、ココロとカラダは、切っても切れない関係であり、バランスが重要であるため、近年になってスポーツや美容や予防医学でも常識的な考えとして成立しています。

 

 

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