現代心理学の誕生②【精神分析学、ケジュタルト心理学、機能心理学の3派が誕生】

ドイツの生理学者だったヴィルヘルム・ヴントは、1879年に世界ではじめて大学内に心理実験室を開設し、大学の教育制度として認めさせ、『哲学』の一学問だったのを『心理学』として誕生させました。彼は『心理学の父』と呼ばれています。

ヴントは、生理学の手法を取り入れた実験で、被験者に外部からの刺激を与え、そのときの感情や感覚や経験など『意識』に現れたものを話てもらう『内観法』を使って研究しました(自分の心を自分で自己観察する)。

ヴントは、内観法で意識を研究し、心に現れた『要素』を分析。そして『要素』によって意識が『構成』されている考え方である。これを構成主義といいます。

このヴントの『構成主義』の考え方に批判を申したのがケジュタルト心理学のヴェルトハイマー、精神分析学のフロイト、機能心理学のジェームズ、行動主義心理のワトソンであります。

 

ケジュタルト心理学について

ケジュタルトの語源は「全体的なまとまり」のことをドイツ語で“gestalt(形態)”と呼んでいます。人間のココロは『心的要素』だけ取り出し、分析しても、全体として一つのまとまりである人間のココロは把握できないとして、ヴントの構成主義を批判したのがケジュタルト心理学でした。

たとえば『電光掲示板』。近くで見ると、電球が一つ、一つ、並んで点灯していますが、一旦、遠くに離れて見てみると、一つの『看板』として見えます。人間のココロもこれと同じで、心的要素を一つ一つを見ず、全体として見ないと理解できないというのがケジュタルト心理学です。

ゲシュタルト心理学を代表する3人の心理学者は、マックス・ヴェルトハイマー、ヴォルフガング・ケーラー、クルト・コフカである。

ヴェルトンハイマーマックス・ヴェルトハイマー
(Max Wertheimer, 1880年4月15日 – 1943年10月12日)ゲシュタルト心理学の創始者の一人。チェコのプラハでユダヤ系の子として生まれる。ベルリン大学で心理学を学ぶ。ウィーンからラインラントに向かう汽車の中偶然、仮現運動の発想(ゲシュタルト心理学の原点)をひらめく。そして、フランクフルトで途中下車をして、フランクフルト大学で同じユダヤ系のクルト・コフカと非ユダヤ系のヴォルフガング・ケーラーとともに実験を行った。その後、ケーラーやコフカと共同でゲシュタルト心理学の誕生を告げる一冊となった『運動視の実験的研究』(1912)を発表した。後にユダヤ系の理由で、ナチスに追われ1933年米国に移住した。1943年に没後、『生産的思考』(1945)が刊行された(引用及び出典:Wikipadiaより)

 

精神分析学について

ヴントの構成主義は、内観法により【意識】に表れた感覚や感情を報告してもらうに対し、ジークムント・フロイトの精神分析学は、夢や自由連想法で【無意識】に注目した。

フロイトは、身体には問題が見当たらないのに、様々な身体症状を示すヒステリー患者(運動・知覚・感覚)或いは精神症状を引き起こす患者に興味を持ちました。

フロイトはヒステリーなどの病因が抑圧さえた「無意識」にあると考え、自由連想法(何かお題を与えて自由に連想する方法)や夢分析(夢は抑圧された無意識の願望)などで人間の内面に光を当てる。こうしてフロイトは人間の無意識に注目し考えることで精神分析学の基礎を構成していきます。

ジークムント・フロイトジークムント・フロイト
(ドイツ語: Sigmund Freud、1856年5月6日 – 1939年9月23日)は、オーストリアの精神分析学者、精神科医。オーストリアの白人系ユダヤ教徒アシュケナジムの家庭に生まれた。神経病理学者を経て精神科医となり、神経症研究、心的外傷論研究(PTSD研究)、自由連想法、無意識研究、精神分析の創始を行い、さらに精神力動論を展開した。

非常に詳細で精密な観察眼を示す症例報告を多数残した。それらは、現在においても次々と新しい角度から研究されている。フロイトの提唱した数々の理論は、のちに弟子たちによって後世の精神医学や臨床心理学などの基礎となったのみならず、20世紀以降の文学・芸術・人間理解に広く甚大な影響を与えた。弟子たちは、フロイトの考え方のどこかしらを批判した上でこれを受け継ぎ、様々な学派に分岐し、それぞれ独自の理論を展開していった。現代思想、特に大陸哲学、フランス現代思想の哲学者(ジャック・ラカン、ジャック・デリダ、フェリックス・ガタリなど多数)に大きな影響を与え、精神分析を基調とする哲学の創始者とされる。人間が意識していないいわゆる「無意識」を初めて扱ったフロイトの精神分析は、「無意識の哲学[1]」として非常に重要なものであり、精神分析を広く援用する大陸現代思想に大きな影響を及ぼした。(引用及び出典:Wikipadiaより)

 

機能心理学について

19世紀末のアメリカでは、構成心理学とは異なる考え方をする機能心理学が盛んとなっていきます。機能心理学は、環境適応を目指す意識の『機能』を重視し、『習慣』、『感情』、『記憶』などの心的活動を扱いました。

構成心理学は「意識がどんな要素で構成されているのか」に対し、機能心理学は「意識がどのように働くのか」意識の実用的な機能に関心を持っていました。

クルマで例えると、構成心理学は、クルマを分解して部品を一つ一つ見るのに対し、機能心理学はクルマを全体として、どのような性能や実用的な使い方があるのかを見ています。

機能心理学はウィリアム・ジェームズが先駆者となり、その後シカゴ大学とコロンビア大学を中心に発展。さらに機能心理学は、適応のためにどのような『行動』を取るのかという課題に繋がり、後の『行動主義心理学』へと進んでいくのです。

ウィリアム・ジェームズウィリアム・ジェームズ
(William James, 1842年1月11日 – 1910年8月26日)は、アメリカを代表する哲学者・心理学者。意識の流れの理論を提唱し、ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』など、アメリカ文学にも影響を与えた。パースやデューイと並ぶプラグマティストの代表として知られている。弟は小説家のヘンリー・ジェームズ。著作は哲学のみならず心理学や生理学など多岐に及んでいる。

日本の哲学者、西田幾多郎の「純粋経験論」に示唆を与えるなど、日本の近代哲学の発展にも少なからぬ影響を及ぼした。夏目漱石も、影響を受けていることが知られている。後の認知心理学における記憶の理論、トランスパーソナル心理学に通じる『宗教的経験の諸相』など、様々な影響をもたらしている(引用及び出典:Wikipadiaより)

 

行動主義心理学について

アメリカの比較心理学(動物心理学者)であったジョン・ワトソンは、ヴントの内観法に基づく『意識』の心理学を徹底的に批判した一人。ワトソンは、ヴント流の内観法について「解釈によって変化するデータに科学的な価値はない」と批判し、『意識』は客観的に確かめることができないので、観察可能な『行動』を対象にするべきと提唱した。

ワトソンは、目に見えない『意識』を、どう扱うのかではなく、外から与えらえた『刺激』と『反応(行動)』を測定することで、人間の行動を研究していきました。これがS-R理論です。『行動』を数値化することで、予測と制御を可能できると考えたのです。

ワトソンの行動主義心理学は、20世紀前半のアメリカ心理学の一つの潮流となるのです。その後、刺激Sと反応Rの間に媒介する有機体Oを考え、S-O-R理論をハル(Hull, 1884-1952)やトルーマン(Tolman, 1886-1959)が提唱し、新行動主義が登場することになるのです。

ジョンワトソンジョン・ワトソン
(John Broadus Watson, 1878年1月9日 – 1958年9月25日)はアメリカ合衆国の心理学者。行動主義心理学の創始者。シカゴ大学大学院で機能主義者ジェームズ・ローライド・エンジェルのもとで学び、1907年から20年までジョンズ・ホプキンズ大学の教授を務めた。1913年のコロンビア大学における講演(「行動主義者から見た心理学」)で、その当時まで主流であった意識を内観によって研究する心理学ではなく、観察可能な刺激や反応に着目する自然科学としての心理学を提唱し(行動主義宣言)、行動主義心理学を創始した。当時の伝統的な精神分析を中心とする実験心理学に反対し、心理学が科学的であるために客観的に観察可能な行動を対象とすべきと彼は考えたのだ。また、1915年にはアメリカ心理学会の会長に就任した。1920年にはレイナーと連名で「条件付けられた情動反応」を発表(次項参照)。1921年以降、ビジネスの分野(広告代理店)に移り、65歳で引退するまで活躍した(引用及び出典:Wikipadiaより)

 

まとめ

ヴントの構成主義的な心理学に批判を唱える、マックス・ヴェルトハイマー、ジークムント・フロイト、ジョン・ワトソン、ウィリアム・ジェームズの研究や実験により、さらに心理学が『科学的』に発展していきました。

 

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